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泥棒の国 2006/10/03

中国に住んで7年間、いろいろな物を盗まれた。

携帯電話3個、財布、PSP、デジカメ、ノートパソコン...

タクシーに携帯電話を忘れた時、領収書から直ちに運転手に連絡、

しかし、

見つからなかった。

次の乗客が盗むので後部座席の場合は100%戻らないと言われた。
(運転手がいる前の座席も結果は同じだと思うが。)



「盗む」という言葉の意味が違うのかもしれない。

日本では所有者の管理下を離れた物を自分の物にする行為は

「占有離脱物横領」となり、立派な犯罪。(と大学で習った)

ここ中国では違うようだ。

例えば会社の事務用品などを持ち帰る行為を「盗」ではなく、

「落」と表現する。

つまり、罪の意識が最初から無い。




事務所には2回泥棒が入った。

警察は指紋も取らず、解決しようという意思さえ感じられなかった。

警察曰く
 「ビルの警備員が最も怪しい」

高額の警備料を取りながら警備会社は保障するどころか物まで取る。



今年の1月には車の窓ガラスを割られた。












事務所の真横にある駐車場、真昼間の出来事。

誰かに見られたのか、幸い何も取られなかったが、

例によって警察は指紋さえ取らず、泣き寝入り。



怒りをどこに向ければ良いのかさえわからない。

盗られた時、中国人からいつも同じ事を言われる。

「盗まれるほうが悪い」と。

この道徳感は絶対におかしい。

どう考えても盗む方が悪い。

100歩譲っても

盗まれる方も悪い

が正しい。



先日のテレビニュース

「タクシーに財布を忘れた欧米人が警察署でそれを届けた中国人と感謝の握手」

という場面があった。

棒読みのセリフ。

わざとらしい喜びかた。

そこにテレビカメラがあること自体が不自然だ。



乱れた道徳を修正するのは簡単ではない。

富の分配が著しく不公平な国。

衣食足りず、礼節を知らず。

そう、ここは泥棒の国。

人権の無い国。

誘拐がビジネスとして成り立ち、

復讐代行業者から日々広告メールが入る国。

技術と金を盗られた日本人が次に盗られるのは何だろう。

日本から持ち込んだ物は全て、盗られたと言う割り切りが必要。



命を除いて。



中国で受けた外科手術? 2006/09/29

前回のつづき


手術から10日後。

待ちに待った抜糸の日。尋常ではない痒さとも今日でさよならだ!

...とウキウキだった気分が一瞬で奈落のそこに落ちた。













前髪が






前髪だけが







無い。



もともと少なかったが、前髪だけが5センチほど剃られている。



まるで



辮髪(べんぱつ。元時代の髪型)



仕事で鍛えた決断力。

抜糸を終えた私は人生最後となる(かもしれない)床屋へ直行した。

今日でリンスとはおさらばだ。

もし温泉でリンプーしかなかったらどうしよう。

期待と不安の中、スキンヘッドをオーダー。












自分で剃れば良かった。









周りの笑い声で顔を上げて鏡を見ると。











モヒカンだった。







中国人「オ?ゥ  サムゥルァイ」(外人風に)

店中が大爆笑。










笑えない。



ちっとも面白くない。

これが中華思想。

中国が世界の中心という考え方。

異文化を受け入れずにバカにする人民。

教育により統一された価値観。

日本に対し文化的に上流にあるという優越感。

人民に悪気が無いのは理解している。

しかし、

この屈辱は忘れない。







教訓
中国で初めてスキンヘッドにする時は自分で剃りましょう。



中国で受けた外科手術? 2006/09/27

プロフィールにも書いたが4月末、上海のゴルフ場で頭を怪我した。

これはネタではなく、実話である。

推定人口2000万人以上に対し、実働可能な救急車は20台前後。

よって救急車の話題さえ出ず、ゴルフ場の車で病院に移動。

1時間ほど経って病院到着。

砂時計の砂のような流血には驚いたが、

悲劇は病院についてから加速した。

治療室に入るなり、看護婦の第一声



汚い物を見るような目で

 「こりゃ?ひどい。切れ方がグチャグチャアルよ!」

生まれて初めて血の気が引いていくのを実感した。

看護婦が傷口を清掃し終わった頃、


 医者登場。


入ってくるなりいきなり縫い始める。


 「いでぃぅぇー!」

声にならない声。

 井上「麻酔.....してください。」







 医者「20元(300円)アルよ。」



20元支払い、部分麻酔。(中国は前払い)

縫合手術を再開した直後。

医者の体から怪しげな音。

意識がもうろうとしていたが不安センサーは正常。


 携帯?

 まさか出ないよな。

 これも簡単とはいえ手術。

 手術中だし。

 ・

 ・

 ・

 ・

 ・

 ・

  医者「ウェイ?」(日本語でもしもし)




 うそだろ!?


さらに、

電話を左手に持ち替えて片手で縫い続ける。



ここは自分は自分で守る国。

聖職である医師に対し勇気を出して抗議した。

 井上「おぃ、キミー!電話か縫うかどっちかにしたまえ!」







怒り真心が通じたようだ。






医者は縫うのをやめて治療室を出て行った。

しばらくして戻ってきた医者は治療再開、数分後に無事治療完了。

 医者「傷口が汚かったから綺麗に治らないと思うアル」



呆れた。

まるで野戦病院。

血が止まり命に別状無かっただけでも満足しなくてはならないようだ。

 医者「帰るいいアルよ」

 井上「え、精密検査とかしないんですか?」

 医者「あ、するアルか?」

    「高いアルよ」

    「CTスキャンは200元(3000円)」
   
    「前払いアル。あるアルか?」



用務員かと思うようなおばさん女医にCT結果を説明され、

無事帰宅。





10日後。










待ちに待った抜糸の日。尋常ではない痒さとも今日でさよならだ!

...とウキウキだった気分が一瞬で奈落のそこに落ちた。

悲劇は新たな局面を向かえ、さらに加速していく。



つづく。



教訓1
ゴルフ中はどんなに暑くても帽子をかぶり続けましょう。

教訓2
中国では現金が無ければどんなに重症でも治療を受けられないので、万が一の事故に備えて常に1000元前後の現金を持ち歩きましょう。



最後の日本人天才ライダー 2006/09/24

バイク最高峰5年連続世界チャンピオン、バレンティーノロッシ。

天才ロッシがその成長を恐れ、唯一ライバル視した日本人ライダー。


加藤大治郎。


全日本時代、彼の走りを見て、将来大物になると確信した。

SUGOで見る彼の走りは他のライダーとは次元が違っていた。

やがて、日本ではライバル不在となり、世界の舞台へ。

2000年、WGP250ccクラス参戦。

世界の壁に阻まれながらも何度も表彰台の頂点に立った。

その後、苦労が報われて悲願の最高峰MotoGPに昇格。

そして二年目の2003年日本グランプリ決勝。

上海の自宅でテレビを見ていた私は目を疑った。












「事故により意識不明の重体






数日後、

彼は帰らぬ人となった。





それはあまりに突然の死。

享年26歳。

あまりにも若すぎる死だった。









中国にいる私に彼が見せてくれた日の丸と君が代。

彼と同じく外国で働く私は

どれほど勇気づけられたか。

ちょうど上海で会社を設立中のキツイ時期と重っていたこともある。

異文化の中で苦しみ、もがいている時期でもあった。

彼の苦戦する姿と自分の姿が重なった。

彼の喜びは私の喜びとなり、興奮し、嬉しくて、涙が出るほど喜んだ。

彼は、私を含めて世界中が見ている前で事故にあい、死んだ。







彼の死から3年以上たった昨日、

仲間とレーシングカートで遊んだ帰り道に寄ったミニカーショップ。


















頭の中で稲妻が落ちた。
































ゼッケン番号74。


間違いなく大治郎のマシン、NSRだ。

衝動買いだった。

すっかり忘れていた。

辛かった時期の思い出が次々と蘇ってきた。

身が引き締まる思いだった。



世界で16人目、日本人初の永久欠番ゼッケン番号74。

最後の日本人天才ライダー加藤大治郎。

彼は思い出のインデックスとして、私の脳裏に残り続けるだろう。

たくさんの喜びと勇気をありがとう。



http://www.daijiro.net/







教訓
撮影中に気づいたが右側のステップが無い。中国で買い物をする時は、商品をよくチェックしてから買いましょう。



ソウルフード 2006/09/22

誰にでも思い出の味がある。

幼少期、お客さんが遊びに来たとき、

夏休みの昼ご飯、母がメニューに困ったとき、

決まって食卓に並んだのは千茂登庵の中華そば。

蕎麦屋のラーメン。

鰹節ベースのシンプルなラーメン。

日常生活の一部分であり、家族の食堂でもあった。

「チモト」と聞くだけで子供達は大喜びだった。

日本中のラーメンを食べてきたけど、

味のものさしはチモトの中華そば。

去年の中国建国記念日に帰国して家族四人で食べに行った。

そこにあったのは

































閉店の挨拶
お客様各位
日ごろより千茂登庵にご愛顧を賜り厚く御礼申し上げます。
さて、弊店は、都合により9月20日をもって閉店させていただくことになりました。
昭和20年の開店以来、ひとかたならぬお引き立てにあずかりましたお客様に誠に申し訳なく存じます。
50年の長きにわたりご利用いただきましたご愛顧に心から感謝申し上げるとともに皆々様のご健勝をお祈り申し上げます。
ありがとうございました。
店主








もう一度食べたかった。

子供達にも味を覚えさせたかった。

写真をギャラリーに載せたかった。

死んだおばあちゃんと妹と手を繋いで食べに行った思い出のチモト。

一人ぼっちのおばあちゃんに蕎麦一杯でも配達してくれたチモト。

ありがとう。お世話になりました。

50年間、本当にお疲れ様でした。




またひとつ昭和の火が消えた



水上で座禅する尼僧 2006/09/20

過酷な修行で特殊な力を習得した尼僧がミャンマーに居ると聞き、

タイのアユタヤから中国人ツアーの船に乗り込んだ。



真っ暗闇の河を小型客船でゆっくりと北上し、ミャンマーを目指す。

中国とミャンマーは関係が良くイミグレは無い。(←つまり密入国)

乗客20名。好奇心と期待で全員明るい笑顔。





一時間半の船旅を終え、さらにバスに揺られて20分。




どうやら到着したようだ。

直径10mほどのプールを囲んで座る。

待つこと10分。





尼僧入場































ちょっと太めだ。







気を溜め始める尼僧。



















さらに集中して地球から力を得る。
























そしてついに。

日本初公開「尼僧の水上座禅」












































 アンビリーバボー!!



















なわけない。

申し訳ないという感覚さえ麻痺しているようだ。

























帰りの船中。

往路わくわくして跳ね回っていた少年。

「豚が浮いてるだけアルヨ!」

好奇心で盛り上がっていた新婚のラブラブ夫婦。

「全員一緒にだまされたアルヨ」



中国人団体を騙すとは。

ミャンマー人恐るべし!



仏の子 2006/09/18

去年、ティベットのラサを訪問した時の事。

ラサ市内の大衆食堂で食事をしていると、視線を感じた。

箸を止めて外を見ると、店の外でじっと私を見ている少年がいた。

なんて穏やかで、しかし悲しく、愛情に飢えた表情なんだろう。

私の子供と同じくらい、7歳くらいだろうか。

すぐに物乞いと解り、手招きした。

私の前に座る。































 「腹減ってるのか?」

 「....うん」

 「食べるか?」

 「.....うん」

 「お父さんは?」

 「...いない。」

 「お母さんは?」

 「...いない。」



会話はこれで終わり、私は席を立った。

5年前にこの街に来たときも食堂はストリートチルドレンで溢れており、

客の食べ残しを奪い合うように食べていたのを何度と無く見た。

仏教地域では子供は仏の子、みんなの子。

飢え死にしないだけましなのかもしれない。

彼らに両親がいない理由を中国にいる私は書く事ができない。



减肥 2006/09/17

减肥。ダイエットという意味の中国語。

先週はイベントが続き、100%外食。

それも朝、昼、晩、全てが脂ギッシュな中華料理。

その結果、












3キロ太った!


ということでダイエット。

その方法は、













豆腐ダイエット!


今日の昼ご飯。さっそく近くの中華料理屋で豆腐料理をオーダー。



















けっこううまい。

これならしばらく豆腐だけでもいいかも

でも心配が一つ。

中国では豆腐好きは別の意味がある。


それは









好色


中国人達の前で豆腐ばかり食べていては誤解されてしまう。



中国人「老板、もっとおいしい豆腐があるアルヨ」

日本人「じゃ、是非お願いします!」

中国人「紹興物アル。臭うけど味はいいアルヨ」

日本人「臭豆腐?!」

中国人「新鮮的不一定好吃!」(新鮮なのが旨いとは限らないアルヨ)


ハニートラップには気をつけましょう。



ごあいさつ。 2006/09/16

一眼レフ入門一周年およびD80の購入を記念し、「井上有喜のフォトローグ。」本日よりスタートします。

なぜ9月16日なのか!

D80を本日ゲットしたから?











ではない。

デジカメ一周年となるD100を買った日か?













でもない。

ちなみに愛する家内の誕生日でもない。

それは















大好きだったバイクの名前が


916


つまらない理由で申し訳ないが本人にとっては大切なラッキーナンバー。

ただし、パスワードなどには使っていないのであしからず。


さて、

システム構築のお手伝いを頂きました渡辺ITコンサルタントの渡辺さん、
http://www.wish-com.jp/

デザインと様々なアイデアをご提供いただきましたデザインモジュールの千葉さん
http://www.design-module.co.jp/

フォトレタッチを教えていただきましたコーミンさんhttp://www5e.biglobe.ne.jp/~komin/nihongo.htm

写真の撮り方を教えていただきましたpa?shの前原さん
http://www.pa-sh.jp/

写真を撮る時間を与えてくれた北五十人町の家族


この場を借りてお礼させていただきます。

ありがとう御座いました。



中国上海で生活し、中国国内を出張で歩き回れるという立場を利用して独自の切り口で話題を見つけ、写真を使って表現していきたいと思います。常に動きのある活気のあるサイトを目指します。

ということで

こんごともよろしくおねがいします。



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